フードチェーンの安全性確保と人材育成 ~ 食品安全文化も大切に ~
2025年6月6日更新
食品に関わる人々のモラルや行動の見直しが必要と指摘され,食品安全文化Food Safety Culture(FSC)という表現が使われるようになりました。表1に示すように、FSCは国連食品規格委員会(Codex)の「食品衛生の一般原則」にも書き込まれ,食品安全の第三者認証にも組み込まれ始めています。

わが国のFSCは,食品の品質改善活動や5Sなどの作業改善活動で育てられてきましたが,FSCという国際化の波は無視できません。わが国のフードチェーンは,地球全体に広がっており、清潔で信頼される食品を出荷し続けるには,図1に示すように農場・漁場から食卓までのフードチェーンを大切に育て,発展させることに貢献すべきです。

食品のリスク管理が不十分で発生する食中毒などの健康障害を,食性病害(Foodborne illness)と総称しています。食性病害と食中毒等 との関係,食品の品質との関係を図2に示します。

表2は,食品産業の特徴を示しています。原材料は生物あるいは,その代謝物であるため多様性に富み,言い換えれば均一性が乏しい場合が多く、季節や天候による変動も起こります。病原体や汚染物,食物アレルギーへの対策,腐敗等への対策も必要です。

図3は,米国の食中毒の公表に関する研究結果です。米国では,積極的に食中毒を検知する手法が採用されていますが,米国会計検査院(U.S. GAO, 2025)は,米国政府は食中毒の患者数を把握していないと指摘しており、ヒヤリ・ハット事例のハインリッヒの法則に似ています。

わが国の実際の食中毒発生状況は,さらに憂慮すべき状況であるとも考えられます。
わが国では,患者を診察した医師からの届け出や住民からの相談などにより,保健所が食中毒の疑いを探知してから調査が開始される受け身的調査が行われています。食中毒統計では,食物アレルギーや誤嚥・誤飲,苦情などは,食中毒には含まれていないことも忘れてはなりません。わが国の食中毒は抑制されているようにも見えますが,よく考えると,視界の中の水面上に出ている氷山の頂を見ているようです(図4)。

水面下のヒヤリ・ハット食性病害の対策を忘れることも許されません。食品は種類も多く,加工・製造方法や取り扱い方法も多様性に富んでいるため,担当する食品の特性を明確にしておく必要があります。フードチェーン対策では,ハザードを許容できないリスクにしないことが求められ,総合的かつ日常的な対策が必要となります。
Codex食品衛生の一般原則 第1章4項(表3)に「トレーニングおよび能力」に関する記述が書かれています。社員教育等を考える場合は、意識および責任、トレーニングプログラム、教育および監督、再トレーニングも含めていいただきたいと考えます。

人間は食中毒等の失敗は忘れやすく,再発させることがあり、忘れないように工夫する必要があります。「ミスをしない人間はいない」ことを前提として、できるだけ事故を起こさないように仕組みづくりをすることが必要です(表4)。FSCは、単に食品の安全を維持をするだけではなく、従業員を助けるチームプレーができるようにするところまであると考えられます。

日本の食品企業には、企業理念があり、社訓がありました。数々の失敗から教訓を得て、数々の工夫、改善が続けられてきました。北米やヨーロッパのやり方に日本のFSCを合わせるのではなく、図5のように5S、報連相、3現、3定などよい取組を続けていき、北米やヨーロッパのやり方のよいところを取り入れていけばよいと考えます。

Codexの「食品衛生の一般原則」にFSCは、定義されていませんが、序文の食品安全へのマネジメントコミットメントに書き込まれています。CodexのFSCを利用して、株主、経営陣、全従業員、消費者までフードチェーンの人材育成とともに, FSCを浸透させて欲しいと考えます。

食品安全のための法規制や食品リスクマネジメントシステムの開発・改善が続いても,食中毒を含む食性病害や製品回収は減少していないことから、他に原因があると考えられました。
食品を取り扱う人間側の問題の対策が不十分であると指摘され,食性病害や製品回収を減らすには、FSCと呼ばれる人間の心がけや行動規範を向上させる取り組みが必要と考えられるようになり、フードチェーンの人材育成とともに国民の常識となるように、FSCを浸透させるチャンスとなっています(図6)。
- Codex: General Principal of Food Hygiene, CXC 1-1969, Revised in 2022
翻訳、豊福 肇ら:Codex食品衛生の一般原則2020-対訳と解説-日本食品衛生協会(2021) - 食品安全検定協会:食品安全検定テキスト中級,中央法規, p.14, (2022)
- 今城 敏:食品衛生管理のしくみと対策、技術評論社, p.202(2023)
- 一色賢司:食品安全とフードチェーン・アプローチ、マイコトキシン、67(1),p.1-4 (2017)
https://doi.org/10.2520/myco.67-1-1